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中国哲学

論語を読み始めているんですが、なんだかいろいろとメンドクサイです。春秋戦国時代諸子百家と言われても、三国志よりも500年以上も前なわけで、「戦国時代」と言うだけにおそらく戦争の動乱があったんだろうとは思っても、やっぱり時代背景がよく分からないのです。・・・そこでひもとく世界史の教科書。ペンシルバニアに住んでいたときに友達に日本の歴史のことを聞かれてさっぱり答えられなかったので、日本から送ってもらったものを今も持っているのです。自分が専門にしている分野は頭の中に入っていて、いくらでも答えられます。でも、自分の専門外のことは高校の教科書がいちばん参考になります。

儒家孔子
家族道徳・身分階層による秩序・両親と道徳の修養、孟子性善説・革命説、荀子性悪説・道徳の強制

墨家墨子
人類愛と戦争の禁止

道家(老子
無為自然・無知無欲、荘子による差別の否定・運命への従順

法家(商鞅
法律による社会秩序の維持、韓非子荀子の主張をもとに礼を法に発展させて秦帝国を統治

おおまかにはこんなかんじみたいです(三省堂1998年版『世界史』より)。政治への介入によって儒家の思想を広めた法家が、明治から昭和初期にかけての日本の修身にもつながっているのでしょう。そして宗教とより強く結びついた道家の姿もあり、それが日本の神道にもなにかしら影響しているようです(そういえば陰陽五行説の陰陽は道家の考え方でした)。

さて、この教科書のまえがきには「この教科書を読む君たちは、おそらく「飢え」を実体験したことはないだろう。」という一文から始まる文章がありました。なぜ裕福な国の裕福な世代が、自分とはおよそ関係ないだろう過去の出来事を勉強しなければならないのか、そういう疑問に対する答えが書いてありました。社会への痛烈な批判と検閲をへた教科書とは相容れないものだと思ったら、こんなところに鮮やかなメッセージがありました。