音響業界における世界的パラダイムシフト・後編

気が向いたのと、maroくんのプッシュがあったので、後編。前編とかぶる部分も多いですし、BlesserとPilkingtonの意見だけではなく僕による追加部分もあるので、注意。

これまでは「研究所で産声を上げた技術がハイエンドからマーケットに入り、徐々に価格が落ちてコンシューマーに行き渡る」という技術のライフサイクルがありました。コンシューマーに行き渡るためには技術革新の速度がある程度落ち着き、大量生産が可能になっている必要があります。つまりコンシューマー機器が出る頃には、すでに研究はあるていど終わっており、徐々に「技術の死」に向かっているわけです。ところが、近年はそのライフサイクルも崩れてきました。最初からコンシューマーをターゲットにする企業が出てきたのです。研究開発に巨額を投じ、それを回収するには大量販売をしないといけないからです。技術革新モデルの変化とともにビジネスモデルの変化も起こっているのです。変化の速度は上がっています。白黒テレビが100万台出荷されるまでには20年かかりましたが、携帯電話は5年、DVDプレイヤーは1年で、100万台出荷を達成しました。

音響業界は各技術(CD、LP、マイク、スピーカー)の糸が組み合わさって複雑な織物になっていますが、ここ最近の音響業界では純粋な音響におけるブレークスルーが少なく、他の業界からの「借り物」が多くなってきています。例えばマイクやスピーカーといったトランスデューサーは、純粋に空気の振動と電気信号の変換をするものなので、他の分野で応用されることは少ないですし、他の分野から技術を借りてくることも少ないです。しかし、LP→CD/DVD→ネット配信と、技術革新にしたがって、レーザー技術、コンピュータ技術など、音響とは直接関係のない分野からの「借り物」が増えてきています。音響関連企業の研究開発部門において、音響の経験者が10%・非経験者が90%という割合になっているところもありますが、それはその企業が音響を軽視しているからではなく、現在の音響業界の構造がそうなっているからなのです。また、新しい技術が大衆に受け入れられる背景には「音質の向上」よりも「便利さ」や「価格」があります。曲の頭出しが簡単で、雑に扱っても平気なCDは便利さで大衆に受け入れられました。iPod(と圧縮オーディオ)の普及は楽曲のネット購入(アルバム内の一曲ずつ購入可能)や楽曲を大量に持ち歩けるという便利さが鍵でした。その反対側にはSACDなど「音質は向上したけれど便利さは変わらない」技術の苦戦が見えます。

これらの変化は他の業界では起こっていたことで、最近になって音響業界に飛び火したにすぎません。コンシューマーという巨大な市場で成功するには、資金運用、販売促進活動、流通、競争優位性などのほうが、技術開発よりも優先されます。ニッチ市場はその残りカスに過ぎません。50歳を過ぎた音響技術者は定年まで今の仕事を続けていても大丈夫でしょう。しかし、より若い人々は、変化に適応し「音響業界」から音響がなくなってしまう事態にも備える必要があります。

・・・と、悲観的な文書なのでした。最後のほうに書いてあった「自分の都合の良いように世界を変えることはできないが、自分が世界に適応することはできる。」という一文が印象的でした。アラン・ケイの「未来を予言する最良の方法は、未来を作ることだ」というのと好対照。