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世界

「世界」とは、自分の中にある世界の認識に過ぎない、ということをときどき考えます。自分が「こうなんじゃないか」と思っている現実は、自分の脳や精神がそう感じている現実であって、他の人の脳や精神には自分のものとは別の現実があるんじゃないか、という考えです。これは相当に古い哲学の問題のようで、ソフィストに対してプラトンが唱えた「イデア」なんかにも見られます。

僕は音に関する主観評価実験を行い、多人数の主観評価をまとめ、統計学を使って客観的なデータを出す、ということを手法とした研究をしています。そうやって求めた「客観的なデータ」と、物理測定を行って得られたデータとの関連付けをすることによって、「人は一般的にこういう音を聞くとこう感じる」という結論を出しているわけです。ただ、主観評価をまとめて客観データにする時点で混入してくる「一般的にはこうだ」というものは、逆に見れば誰に対してもピッタリとは当てはまらないものでもあります。

普通は、常識では、平均では、一般的には、・・・こういったものをいくら生み出しても「自分にとっていちばんピッタリ」ではないのです。