残さず食べる同盟

アメリカで無駄に捨てられる食料は生産量の40〜50%にのぼるそうです。一般的な四人家族の家庭から排出される食品ゴミ(生ゴミではなく、食料として食べられる部分)は一日平均580グラム。マクドナルドのビッグ・マック四つ分くらいに相当するんじゃないかと勝手に想像しています。世界中で飢餓に苦しんでいる人々がいる反面、ぽいぽいと食品を捨ててしまう人々が居ます。僕は「食べきれない量は買わない」「買いすぎたら全部食う(あるいは誰かに食わせる)」を実践しています。セットメニューで意図しない大量の食事が出てきても、がんばって全て食べるのです。でも腐らせてしまったりすることが無いとは言えません。そんなときには「ごめんなさいと思いながら泣く泣く捨てる」ことにしています。

僕が何をしているのかというと、経済の基本である「需要と供給」の需要側から供給のコントロールをしようとしているんですね。僕一人じゃとても微力ですが、必要以上食べないことで無駄になる生産量を減らす(あるいは飢餓地域に配給する)ことができるといいと思っています。つまり、かわいい店員さんに「ご一緒にポテトはいかがですか?」と話しかけられても、僕はきっぱりと断るのです。ポテトを揚げる量を減らす→店舗へのポテトの入荷量を減らす→工場でのポテトの生産量を減らす→ジャガイモ農家の生産量を減らす/出荷先を替える、という壮大(かつ実現可能)な計画なのです。

また、進化論的・生物学的にも人類はこんなに食料を必要としない種なんじゃないかとも思っています。多くの日本人がお腹いっぱいになるまで食べることができるようになったのは戦後になってからです。「お腹いっぱいになるまで食べる」というのは世界的にも人類百万年の歴史の中でも産業革命以後のたった二百年くらいのことでしょう。僕は人類のDNAには「飢餓に備えて栄養分を蓄わえる」という命令が書き込まれていると思っています。日本人が獣肉を食べるようになったのは明治以降ですし、日本人の体型は穀物を中心として少しの野菜と少しの魚をできるだけ効率よく消化吸収するように進化してきていると思います(欧米人に比べて胴体が長いのも消化しにくい穀物を吸収するための腸が長いからだそうですし、足腰の筋肉が強いのは農耕のためでしょう)。DNAに書かれた情報に逆らわず、自分の体型にあった食事をしていきたいものです。

さて、地球上にはもうすでに六十億人の人間が住んでいます。僕は、それだけの人間を満腹にさせられる土地面積は地球にはないと思うんです。それなのに、先進国の人々が必要以上に食べたり挙げ句の果てに食べずに捨てていたら、いずれ大きなしっぺ返しがやってきますよ。街で肥満の人々を見かけるたびにそう思うのです。